マーケティング業界では昨今、パーソナライズが重要トレンドになっている。パーソナライズド・マーケティングとは、顧客一人ひとりの属性や特性、好みを把握し、それに合わせて購買体験などを提供する手法だ。
つまり、「1人に1個のマーケティング」と言える。
パーソナライズド・マーケティングが現実味を帯びてきた背景には、デジタル化とIT化、ネット化が進んだことで、企業が比較的容易に顧客データを集められるようになったことがある。パーソナライズド・マーケティングは、顧客のロイヤリティを高める効果も期待されている。
アメリカ・ボストンのスタートアップ、SessionMのAI技術は、パーソナライズド・マーケティングを容易にするツールといえる。
SessionMのサービスを使った企業は、小売の現場やスマホなどのモバイル、WEBサイトから顧客情報を入手し、顧客ごとのプロファイルを作成したり、セグメント化することができる。
これによって、企業は顧客とのつながりを強化させることができるだろう。
大手企業も利用するSessionM
SessionMは、2011年にラース・アルブライト氏によって設立された。2019年現在の従業員数は200名を超え、顧客にはコカ・コーラ、ロレアル、エア・カナダなどの大企業も含まれる。
SessionMのビジネスモデルは、企業へのロイヤリティに関するデータを集め、企業が顧客をより深く理解することを支援すること。
アルブライト氏は自社のサービスについて「企業が消費者とよい関係を築きながら収益を上げることを目指し、そのために必要な顧客データを収集・分析するプラットフォーム」と説明する。
またSessionMを利用する企業は、顧客に発行する割引クーポン券などのオファー(購入の見返り、購入へ誘導するツール)、レコメンドすべき商品やサービスについて、的確なアドバイスを受けることができる。
SessionMのAI技術
SessionMは、AIの心臓部にあたるML(機械学習、マシン・ラーニング)モデルを、自社開発している。
このMLが、マーケティング業務で次のことを可能にした。
1. 顧客の行動を深く理解し、顧客とのつながりを強化する
2.頻繁に購入している商品の情報を集める
3.離脱する顧客の割合を算出する
4.離脱する理由を究明する
5.顧客が潜在顧客を分析する
6.各顧客の離脱可能性を算出する
これらの機能を複数組み合わせることで、SessionMを利用する企業は、包括的にカスタマー・マネジメントを行うことができる。
サービス概要
提供するサービスの詳細をみる前に、サービスの概要を紹介する。SessionMのサービスは、以下の4項目で構成されている。
情報の収集と分析
SessionMは、サイトへの訪問やメールの開封、カートへの商品追加や購入・返品といった顧客行動の情報を収集・分析し、レポートにして企業に提供する。
また、売上データやユーザー数の変動、キャンペーン別のROI(投資利益率)など、マーケッターが必要とする情報も提供している。
SessionMが集めた情報や作成した分析データはクラウド上に保管され、企業のあらゆる部門のスタッフがアクセスすることができる。
つまり、マーケティング情報を全社で共有できるようになるのだ。
キャンペーンの管理と顧客とのつながり強化
多くの企業が複数のチャネルを持つようになったが、SessionMのサービスを使えば、複数のチャネルで展開している複数のキャンペーンを一括管理できる。
さらにAIが、顧客が求める購買体験(カスタマー・エクスペリエンス)を割り出す。その購買体験に関する情報を元にキャンペーンを企画すれば、あとはSessionMのシステムが自動でキャンペーンのスケジュールを作成したり、各チャネルに情報を配信したりする。
こうしたサポートにより、企業は顧客とのつながりを強化することができる。
顧客とリアルタイムでつながる
顧客に商品を買わせるには、オファーが必要である。
「YがもらえるからXを買う」という場合のYが、オファーにあたる。
多くの企業は、マーケッターの勘と経験でYを決めているはずだ。
SessionMのPOSオファー・マネジメントは、顧客情報などからXに適したYを提案する。そして、その情報は小売の現場に設置されているPOSシステムに届くので、すぐに顧客にオファーを提供することができる。
これまでマーケッターは、マーケティングが始動したら、販売スタッフを介してしか顧客とつながることができなかった。しかしPOSオファー・マネジメントを活用すれば、マーケッターと顧客がリアルタイムでつながることが可能になる。
ロイヤリティの高さに応じたキャンペーン
顧客をLTV(顧客生涯価値、Life Time Value)の額ごとにセグメント分けもできる。
これによって、マーケッターは顧客のロイヤリティの高さに応じてキャンペーンを企画することができる。各セグメントに合わせて企画を実施することで、単にサイトの訪問者を増やしたり、メールの開封率を高めたりするだけでなく、企業が望むアクティビティに顧客を誘導することができるようになる。
しかもSessionMのロイヤリティ・マネジメント・システムは、AIを使って省人化、効率化しているので、最小のコストで最大の効果を生み出すことが期待できる。
SessionMのサービスの詳細
それでは、SessionMが提供するサービスの内容について詳しくみていこう。
カスタマー・データ・マネジメント
現代の消費者は、スマホやタブレット端末、パソコンなどのデバイスを使ってEコマースサイトにアクセスするため、企業が顧客データを集めること自体は難しくない。
だが、顧客の全体像と個別像を把握することに苦心しているはずだ。
SessionMは、AdobeやSalesforceなどとパートナーシップを結ぶことで、さまざまなソースから膨大な量の顧客データを入手できるようになった。
さらにAPIを活用して、POS、Eコマース、カスタマーセンター、ウェブサイト、アプリなどの多様なチャネルからもデータを取得できる。
こうした膨大なデータを統合させて、一人ひとりのプロファイルを作成する。このプロファイルこそ顧客の個別像であり、プロファイルの集合体こそ顧客の全体像になる。
カスタマー・データ・マネジメント (SessionM HPより抜粋)
上の画像は、カスタマー・データ・マネジメントの管理画面だ。顧客の購入履歴やEメールの開封状況、サイトの訪問頻度を、リアルタイムで確認できることがわかるだろう。
さらに「購入の可能性」や「KPI」といったデータを選択すれば、AIが自動的に「カスタマースコア」を計算してくれる。
このスコアによって、購入にかかった時間、購入頻度、平均購入価格、LTV、離脱可能性、ロイヤリティ別の階層などを知ることができる。
全体の売上高 (SessionM HPより抜粋)
全体の売上高も、上記のように視認性の良いデザイン画面で確認できる。同一画面では、会員数の推移も確認できる。
会員数の推移(SessionM HPより抜粋)
こうしたデータがあれば、マーケッターはキャンペーンやプロモーションを企画することができる。
そしてキャンペーンやプロモーションの管理も、このカスタマー・データ・マネジメント機能で行える。マーケッターは時間と労力を節約できるうえに、効果的な戦略を作成するヒントを得ることができる。
キャンペーンと顧客とのつながり強化
SessionMのキャンペーン管理プラットフォームは、複数のキャンペーンのスケジュールを管理することができる。いわば、マーケッターのアシスタント的存在だ。
ここには顧客体験を充実させるためのツールが揃っている。
キャンペーン管理プラットフォーム(SessionM HPより抜粋)
このキャンペーン管理プラットフォームを使えば、メール、SMS、プッシュ通知、アプリ内メッセージなど、様々なチャネルで、様々なキャンペーンを打ち出すことができる。
もちろん、顧客セグメントごとにパーソナライズした内容のメッセージを送ることも可能だ。
セグメント化されたプラットフォーム(SessionM HPより抜粋)
具体的に次のようなことができる。
・初回購入者向けのイベントの実施
・30日以上アクセスがない顧客に向けたキャンペーンの実施
・アクセス頻度を増やす施策
・友だち紹介を促すプロモーションの実施
イベントやキャンペーンやプロモーションの結果は、SessionMのシステム上で確認できる。
顧客とのつながりをグローバル規模で強化することもや顧客グループ別に強化すること、そして、ミクロな市場レベルで強化することもできる。
POSオファー・マネジメント
POSオファー・マネジメント・システム(SessionM HPより抜粋)
マーケッターは、顧客にどのようなオファー(購入の見返り)をするべきか、悩んでいるはずだ。しかしSessionMのPOSオファー・マネジメント・システムを使えば、マーケッターが1から割引クーポン券などのオファーを考えなくてもよくなる。
なぜならPOSオファー・マネジメント・システムに搭載されたAIが、顧客の購入履歴や好みの商品などを分析して、それぞれの顧客にとって最適なオファーを自動で提案してくれるからだ。
オファーの作成後は、メールやアプリなど、最適なチャネルを使って送信までしてくれる。
さらに、顧客がその割引クーポン券を使えば、POSシステムからPOSオファー・マネジメント・システムに情報が届くので、マーケッターがオファーの効果をリアルタイムで確認することができる。
オファーの作成(SessionM HPより抜粋)
上記の画像のように、「X買えばYがもらえる」といったテンプレートの数値を変えるだけで、簡単にオファーを作成することができる。
POSから取り込まれる情報(SessionM HPより抜粋)
シームレスにPOSからの情報を取り込むので、オファーごとの売上やロケーション、セグメントレベルなど、マーケッターは知りたい情報をリアルタイムで確認できる。
また、購入があるたびに情報がアップデートされるので、オファーのコストを管理をすることも可能だ。
ロイヤリティ・マネジメント
ロイヤリティ・マネジメントとは、単に顧客を確保して離脱を防止するためのものではない。顧客と企業が双方向にコミュニケーションを取れるようになってこそ、ロイヤリティを維持できる。
SessionMのロイヤリティ・マネジメント・プラットフォームは、顧客の意向を理解して、パーソナライズされた顧客体験を作り出すことができる。
ロイヤリティ・マネジメント・プラットフォーム(SessionM HPより抜粋)
ロイヤリティ別にセグメント分けした顧客に対して、特別なオファーを作成することが可能になる。
SessionMのビジネスモデル
SessionMの創設者のアルブライト氏はApple出身だ。彼は「アプリがこのまま爆発的に増え続ければ、アプリ開発者はエンゲージ率を高める方法を必要とするようになるだろう」と予測し、アプリ開発者とユーザーのギャップを埋めるためにSessionMを設立した。
初期資金はiOS開発者向けのiFundを活用し、現在でもAppleと良好な関係を続けている。
設立当初のSessionMは、モバイル・アプリ内にビデオゲームのような仕組みを取り入れることでエンゲージメントを高めようとしていた。しかし、2014年に顧客データの収集に特化したDatalogixと提携してからは、SessionMは顧客データを分析するAIの開発に乗り出した。そして今や、エンゲージメントとロイヤリティに関するAIマーケティングをリードする企業に成長した。
直近では、2018年のシリーズEファンディングでは2,380万ドル(約25億8900万円)の資金調達に成功した。SessionMはこの資金を、マーケティング、製品開発、そしてグローバル展開に活用するという。
まとめ
パーソナライゼーションがマーケティングのキーワードとなった今日、単に顧客データを集めるだけではもう十分ではない。重要なのは、そこからさらに一歩踏み出して、そのデータをソリューションに活用することだ。
SessionMが他のデータ・マネジメント企業より優れている点は、データの活用をエンゲージメントとロイヤリティに絞っているところだ。
「CDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)が主流になる前は、企業はアナログ的手法で顧客との関係を築いてきた。店内で常連客とちょっとした会話を交わしたり、どのような商品を買うことが多いのかを覚えたり、といった具合に。我々はこのような1対1の関係に回帰したいと思っている。SessionMのロイヤリティ・マネジメントは、ユーザーの声を聴くこと、そしてその声に適切に答えることを目標としている」と、SessionMのCMOパトリック・レイノルズ氏は語る。
SessionMの今後の動向に目が離せない。