ボストン発AIスタートアップ【AIでショッピングを容易にするTrue Fit】

ボストン発のスタートアップ企業True Fitは、ファッション業界にAI技術を導入する。
商品の詳細な情報と、各ユーザーの好みやサイズ、購入履歴などを集めた膨大なデータを活用し、満足度アップやブランドの売り上げ増加の持続可能なサイクルを構築している。

オンラインショッピングの返品数を減らしたい―そんな願いから誕生したのが、True Fitだ。
現在、約17,000もの異なるブランドと提携し、オンラインショッピングの分野を超えて、ショッピング経験をより豊かにする技術やサービスを提供している。

「True FitのAIがユニークなのは、そのアルゴリズムではない。我々が誇るのは巨大なデータセットだ。2019年末までに、True Fitは世界のファッション市場の70%を抱え込むだろう。これは2兆円の規模を誇る市場のうちの70%だ[1]」と、True FitのCEOビル・アドラーは語る。

2005年創業のベンチャー企業が、十数年でここまで大きく成長した秘密は一体何なのか?True Fitが誇る世界最大のアパレル系AI「ファッションゲノム」とは?True Fitの技術が可能にする、未来のショッピングの形を見ていく。

True Fitってどんな会社?

True Fit概要

ボストンに拠点を置くTrue Fitは、自らを「アパレル業界のためのパーソナライゼーション・プラットフォーム」と称している。各ブランドの服の寸法やデザインのデータと、ユーザーのデータ(サイズ、好み、購買/返品等)を分析し、ユーザーのサイズ・好みに合った服を提案する。アメリカの大手小売のMacy’sや、Levi’s、Ralph Lauren、Nordstrom、Michael Kors、asicsなど、True Fitの技術を活用しているブランドは17,000を超える。

True Fitがオンラインショッピングサイトや店頭でデータを集めたユーザーの数は、2019年現在1億人に上る。2015年時点では約5,500万人であったことを考えると、その成長は著しい。
これだけの数のユーザーの個人データを、ブランドが提供する商品のデータにマッチングさせることで、購入者は自分に合った服を見つけやすくなる。ショッピングが容易になり、返品数も減ることで、True Fitを利用するブランドは平均で5%の収益増を達成しているのだ。

True Fitが提供するもの

True Fitの最大の強みは、Fashion Genome(ファッションゲノム)と呼ばれる巨大なデータセットだ。ファッションゲノムは服や靴の1点1点に対して、細かな寸法、素材、色や模様、デザインなど100以上の視点からデータを登録。これによりブランドは「袖の長さ別売上ランキング」など、今までになかった詳細なレベルで売れ行きを把握することができる。さらにこれを、それぞれのユーザーの分析データと組み合わせることで、パーソナライズされた広告の作成やリターゲティング戦略に繋げることも可能だ。

True Fitは、ブランドや小売業者の売上拡大だけでなく、ユーザーのショッピング経験向上に役立つサービスも数多く提供している。例えばTrue Discovery™では、ブランドがAPIを利用して各ユーザーの体形や好みに合った商品を提案する。適するサイズがないものは表示されないので、いちいち在庫の確認をする必要もない。

True Fitが目指すのは、ユーザーの満足度アップがブランドの売上増加につながる、持続可能なサイクルだ。その鍵はパーソナライゼーションにある。
以下では、True Fitの活用事例と、技術・サービスをより詳しく見ていこう。

True Fitの活用事例

True Fitを活用しているブランドは数多いが、ここではスポーツブランドasicsの事例を詳しく見てみよう。

最適なサイズが見つかるasics×True Fit

人がスポーツシューズを購入する際、最も重要視するのはサイズとフィット感。
店舗では試着してみることが可能だが、オンラインではそういうわけにもいかない。スポーツブランドasicsは、カスタマーが適切なサイズの靴を選ぶことを容易にするためにTrue Fitを導入した。

カスタマーはasicsのホームページ上で、性別や年齢、身長、体重、現在履いている靴のブランドやサイズ・フィット感など、30秒ほどのアンケートに答える。True FitのAIがこの情報を、自社の膨大なデータセットやasicsの商品情報とマッチ。すると、asicsの各商品に対して「この靴は幅が広めなので、1サイズ小さなものを選ぶといいですよ」「この靴はあなたが今履いているものと同じフィット感です」などといった、パーソナライズされたメッセージが表示される。また、おすすめの靴が提示されるので、ユーザーはサイトを延々とスクロールする必要もない。

True Fitの導入後、asicsはサイズの不一致が原因の返品を半減することに成功。またコンバージョン率を150%もアップさせた。

世界最大のアパレルデータベース「ファッションゲノム」

Fashion Genome™(ファッションゲノム)は、True Fit社が開発したデータベースの通称である。1万5千を超えるブランド、各商品に対して100以上のデータ、30億を超える購入と返品の履歴、そして1億人を超えるユーザーのプロファイルは、他に匹敵するもののない巨大なデータセットを形成している。

「我々が集めるデータ自体は、何も難しいものはない」とCEOのアドラーは語る。データを利用したAIのアルゴリズム計算の技術のほとんどは、オープンソース形式で公開されているものだ。しかし、膨大な情報量を体系的にオーガナイズすることは容易ではない。True Fitのファッションゲノムは、各ユーザーに最適な商品をレコメンドするためのAIシステムの基礎となっている。ML(機械学習)を通して有効に機能するアルゴリズムを発展させるためには、豊富なサンプルデータが欠かせない。アドラーは「強力なAI=強力なデータ」と断言するほどだ。[2]

ファッションゲノムのデータの大きな特長は、デザイナー・購入者・小売業者の3者をつなぐ「仲介者」の役割を果たすことだ。デザイナーからは商品そのものの情報(客観的な数値など)を集める一方、購入者からは感覚的な情報(「この服は大きめな感じがする」「自分はSサイズが一番似合う気がする」といった主観)を収集。そして小売業者からは実際の販売データを集める。このように種類の異なるデータを組み合わせることで、3者間のギャップを埋め、より包括的な購買経験・マーケティング戦略を生み出すことを可能にする。これこそTrue Fitの成功の秘訣であると言えるだろう。

True Fitが提供する5つのサービス

このファッションゲノムを利用して、True Fitは5つの主要なサービスを提供している。

True Discovery™(ディスカバリー)

True Discoveryは、ユーザーに合わせてパーソナライズされた商品の提案・ランキングの表示を行うプラットフォームだ。マーケティング担当者はTrue Fitが提供するスタンダードなSaaS UXを使うか、APIを使用してより効果的な場面でTrue Discoveryの結果を表示させるか選択できる。

True Discoveryを使えば、カスタマーは自分の好みに合う商品を見つけやすくなる。また、自分に合うサイズがない商品は表示されないため、在庫確認に無駄な時間を費やすこともない。True Discoveryの導入により、Kate Spadeはコンバージョン率を倍増することに成功している。

True Confidence™(コンフィデンス)

True Fitの中で最も人気である商品はTrue Confidenceだ。True Confidenceはサイズにフォーカスしたプラットフォームで、ユーザーが自信をもって自分に最適なサイズの商品を購入できるようにすることを目的としている。asicsの事例で紹介したように、ショッピング前に短いアンケートを取り、これをファッションゲノムが持つ膨大なデータとマッチング。これによりパーソナライズされたサイズの提案やフィット感のレーティングを提供することができる。

服や靴を選ぶ際、最も重要なのは商品が自分の体に「フィットする」ということ。ある統計によると、過去に購入した商品がぴったりだった場合、81%もの人が再度そのブランドの商品を購入している。True Confidenceの有効性は数多くのA/Bテストでも証明されており、平均で4%~8%の収益増大効果をもたらしている。

True Omni™(オムニ)

オンラインショッピングの経験向上を目指す技術から始まったTrue Fitだが、現在では実際の店舗における買い物にもその技術を適用させている。True Omniは、True DiscoveryやTrue ConfidenceのAPIを、ショップのモバイルアプリや接客プラットフォーム、スマート試着室などに組み込む仕組みだ。

例えば、店員は接客時にTrue Fitのデータを参考にすることで、顧客が購入する可能性の高い商品を勧めることができる。また、コールセンターなど顧客の顔が見えない場でも、True Omniを使えばより的確なアドバイスをすることが可能だ。

True Insight™(インサイト)

True Insightは、ブランドや小売業者が、売り上げや顧客に関する詳細なデータを閲覧し分析することができる仕組みだ。購入者の性別、年齢、身長、サイズ別の売上データだけでなく、「ボトムスのスタイル別」「胸元の開き具合別」の売り上げ、というような細かなカテゴリーでの分析が可能。それぞれの商品の返品率や、どれくらいサイズに忠実であるかといった顧客のリアルな意見も見ることができる。

効果的なマーケティング戦略を展開し、セールスを拡大するには顧客の情報や行動を把握することが欠かせない。True Insightは、マーケターが望むあらゆるデータを、ビジュアル的に分かりやすい形で提示する。もちろん、自社サイトからの売上だけでなく、自社製品を販売している小売業者からの売上も分析対象だ。

True 360™

True 360は2018年秋にローンチされたTrue Fitのもっとも新しいサービスだ。True Insightをさらに深く掘り下げ、CRM(顧客管理)に直結するデータを提供する。

True 360を使えば、マーケターは

・顧客ID
・顧客層の統計と体形に関する情報(年齢、身長、体重、体形の詳細など)
・顧客がすでに保有しているアイテムやサイズ
・顧客がよく購入する他のブランド
・各顧客向けにパーソナライズされたおすすめ商品(カテゴリ別に25種)

などを把握することができる。

つまり、顧客を今までになかった視点から詳しく知ることが可能となるのだ。

これらのデータを利用して、例えばCRM上でTrue 360を参照するAPIを設定し、各ユーザーに合わせた広告、メールキャンペーン、おすすめ商品リストなどを製作することが可能。もちろんTrue 360のデータは常にアップデートされるため、リアルタイムの流行や、ユーザーのライフステージの変化(入学や卒業、結婚、出産など)に合わせたプロモーションが容易にできるようになるのだ。

まとめ

音楽や動画の配信の分野では、それぞれのコンテンツを分析し、ユーザーの好みに合わせたものをレコメンドする、という仕組みはもはや定番となっている。ファッションの世界にも、同じような効果的なパーソナライゼーションのプラットフォームを提供するのが、ボストン発のスタートアップ企業「True Fit」だ。

True Fitは、17,000を超えるブランド、各商品に対して100以上の商品データ、そして1億人を超えるユーザーの個人データといった、膨大な量の情報を抱える世界最大のデータベース「ファッションゲノム」を構築。これを利用して顧客のショッピング経験を向上させ、ブランドが顧客や売り上げをより詳しく理解できる様々なサービスを提供している。

2018年、True FitはシリーズCの投資ラウンドで、5500万ドルの資金調達に成功。この資金を利用し、True Fitはより効果的なパーソナライゼーション・プラットフォームの構築を目指している。これには検索機能の充実、メールを使ったマーケティング、リターゲティング、そしてチャットや音声操作が含まれる。

もはや、True Fitなしのファッション業界は考えられない未来が待ち受けている。

[1] “What’s unique isn’t really the algorithm,” says Adler. “What’s unique is the data set… By the end of this year, we’ll have 70 percent of the global fashion market. That’s 70 percent of a $2 trillion market.” Machine Learning + Fashion = A Match Made in Retail Heaven, True Fit,https://www.truefit.com/en/Blog/May-2018/Data-Styles-When-Machine-Learning-Meets-Fashion

[2] このパラグラフにおけるTrue Fit社CEOビル・アドラーの発言はすべて、The Georgian Impact PodcastのEpisode 75: What Happens When Machine Learning and Fashion Converge?より(SoundCloud, https://soundcloud.com/the-impact-podcast/episode-75-what-happens-when-machine-learning-and-fashion-converge)

<参考>