インドのAIスタートアップの現状と課題~ニッチな市場を攻める企業

AIは今、企業のガバナンス、運輸、教育、金融、製造業、法務などのあらゆる分野でイノベーションや技術革新を起こしている。AIがデジタル革命の中心にあることは最早疑いようがない。企業はAIを用いたビジネス戦略の構築を迫られている。

インド政府もまた、AI開発が経済発展のカギを握るとみている。特に農業、保健、教育の3分野でAIを活用しようとしている。インドの民間セクターでは、オートメーション化とマーケティングにAIを応用しようとしている。

世界のAI動向とインド

インドでは2015~2016年にAIまたは機械学習のスタートアップが急増し、186社を数えるまでになった。ところがインドのAIブームはすぐに下火になり、2017年に新設された会社は42社にすぎない。
一方、世界の動向をみても、2015年に設立されたAIスタートアップは456社にのぼったが、2016年の新設会社は359社に減り、2017年はわずか87社だった。
インドのAIスタートアップが2014年から2017年までに調達した資金は1億ドルほどにすぎない。この額は、米シリコンバレーの企業が英文チェックAIの開発のために集めた資金より少ない。
AIはますます必要とされ、その重要性が増しているというのに、なぜインドのAIビジネスは軌道にのらないのか。
確実にいえることは「ひとつのAIシステムがすべての業界をカバーできるわけではない」ということだ。例えば、マーケティング企業とオンライン発券機メーカーに同じAIシステムを提供しても、2つの課題を解決できるわけではない。
役に立たないAIは投資家からも顧客からも見放され、その結果多くのAIスタートアップが撤退したわけである。
ただ、インドで起きているAIスタートアップの淘汰は、世界中で起きている。例えばアメリカのZoogad(ズーガッド)は、AIで個々のユーザーにその人が望むニュースを配信するサービスを開始すると発表したが実現できず撤退した。

また、Lighthouse AI(ライトハウスAI)も、AIを使った顔認証ホームセキュリティを開発したが、商業ベースにはのらなかった。Klout(クラウト)は、SNSユーザーの使用状況を分析して数値化する事業を立ち上げようとしたが失敗した。

ただ興味深い数字がある。確かにインドで生き残ったAIスタートアップは限られているが、彼らが調達した資金は2015年では1,500万ドルほどだったが、2017年には6,700万ドルにまで増やしているのだ。また1社当たりの平均取引額は2015年の80万ドルから2017年には150万ドルへとほぼ倍増している。
逆に、ここ2、3年でシリーズAやシリーズBの投資を獲得できたAIスタートアップはほとんどない。
インドのAIスタートアップは飛躍的に進歩したが、まだ米中には及ばない。アメリカのAIスタートップ投資は150億ドルに達し、中国は19億ドルだ。

「ニッチなAIスタートアップ」が注目を集める

顧客や投資家に支持されているAIスタートアップは、特定の分野に強みを持つ特徴がある。2018年に成功を収めたAIスタートアップに共通しているのは「ニッチ市場を攻めている」ことだ。

中国のToutiao(トウティアオ)は、AIによるニュース配信プラットフォームを提供している。同社のアプリは、毎日1億2,000万人のユーザーに、それぞれのユーザーが好む情報を提供している。2012年に設立されたToutiaoは、今では31億ドルの企業価値を有するとされる。いわゆるユニコーン企業だ。
世界中の投資家たちがToutiaoに注目していて、そのうちのひとつであるアメリカのオンラインメディアBuzzfeedは、Toutiaoと業務提携を結んだ。

インドでは、AIスタートアップのAskSid(アスクシッド)が注目を集めている。アメリカのMindtree(マインドツリー)のクリシュナクマール・ナタラジャや、グーグルの元アジア担当幹部のラジャ・アナダンが、同社を支援している。

AskSidは、ネット通販企業を支援する事業を展開し、集客やマーケティングにおけるソリューションを提供しており、すでに、ヨーロッパの大手アパレル、ウォルフォードを顧客にするなどグローバルに活躍している。
AskSidの勝因は、自社の事業領域を確定していることだ。

欧米では、ニューヨークを拠点にしているマーケティングAI開発のスタートアップ、BounceX(バウンスエックスチェンジ)が7,900万ドルを調達した。同社のビジネスコンセプトは「クッキーに頼らないマーケティング」だ。BounceXのAIシステムは、リアルタイムで顧客の行動を識別して分析まで行う。そのうえで、顧客が好むコンテンツを配信する。
このAIシステムを使えば、マーケティング担当者はすべての顧客に、適切な情報を適切なタイミングで届けることができる。そのため、このAIシステムを使った企業は、ウェブサイトのトラフィックを最適化することも、コンバージョンを増やすことも可能だ。

インドのAIスタートアップの課題

ある調査によると、インドのAIスタートアップが直面している最大の課題は「失敗のコスト」が大きすぎることだ。
欧米では、例えそれが失敗しても、大きな目標に向かって大きな一歩を踏み出すことは勇気ある行為と認められる。しかし、インドを含むアジアでは、大失敗は大失敗であり、企業や経営者はメンツを失う。
もうひとつの課題は、AIスタートアップが自社のアイデアを信じきることができず、潜在能力を正当に評価できていないことだ。
ある市場で成功したビジネスモデルを別の市場でコピーすることは一般的によく行われていることであり、それでうまくいくこともある。しかしほとんどのAIスタートアップは、インドのビジネス慣習を理解していないため、企業の課題を解決できていない。

将来に向けた取り組み

インドのAIスタートアップがエコシステムの確立するまでに、まだ数年はかかるだろうが、しかしその歩みは順調といえる。インドのイノベーションを牽引しているのは、間違いなく多くのAIスタートアップだ。

特に次の企業は注目できる。
Haptik(ハプティック、カスタマーサービス事業)
AskSid(アスクシッド、マーケティング技術事業)
Charmboard(チャームボード、マーケティング、広告事業)
Niki.ai(ニキAI 、集客支援事業)
Embibe(エンバイブ、教育技術事業)

混乱と革新が混在している現代は、AIがもたらすソリューションを必要としている。インドのAIスタートアップが今後どのように進化し、どのようにビジネスを変革していくのか注視していきたい。

<参考>